通常使われている建築用鋼材は、SS材、SM材およびSN材がありますが、それらの違いについて教えて下さい。
建築構造用鋼材は、長い間400N/mm²級ではSS400、490N/mm²級ではSM490Aが一般的に使用されてきました。しかし、1994年に建築構造専用の鋼材としてSN材のJIS規格が制定され、その使用量が増えてきています。
建築基準法を含めて構造設計規準類に示された構造用鋼材に関する要求品質は、引張試験によって得られる降伏点と引張強さだけであり、従来の鋼材は、この点だけを満足する規格値が得られれば問題ないとされてきました。しかし、現在では、建築物の耐震性能を確保するためには、その他に降伏比(YR=降伏点/引張強さ)、衝撃値(シャルピー吸収エネルギー)、化学成分、炭素当量(Ceq)、溶接割れ感受性組成(PCM)等が必要とされる項目となっています。
降伏点は、基本的にその規格最小値が鋼材の設計基準強度F値となっており、構造設計において最も基本的な項目です。引張強さは、保有耐力接合の検討に不可欠であり、これも重要な項目です。これらの値は、SS材、SM材とSN材の間に差はありません。
降伏比は、骨組の耐震性に関係する塑性変形能力に大きな影響を与える機械的性質です。鉄骨造の構造物では、ボルト孔による欠損があり、また梁材では作用応力に勾配があるのが普通ですが、それらの状況が構造体の耐震性能の基本となる塑性変形能力に影響を与え、その影響の度合いが鋼材の降伏比で大きく変化するわけです。
衝撃値、化学成分、炭素当量、溶接割れ感受性組成等の項目は、溶接部の力学性能に大きな影響を与えるものです。衝撃値は、一般に0℃における衝撃試験結果として得られるシャルピー吸収エネルギーvE0で代表される値であり、溶接部の靱性(粘り強さ)に直接影響するものです。一般的な重層建築物では、通常の溶接施工をする場合、70J程度以上が望ましいとされています。溶接部の靱性は、入熱・パス間温度等の溶接条件の影響も受けますが、溶接条件が同じであれば、衝撃値の高い鋼材を用いた場合の方が靱性に優れた溶接部が得られます。
化学成分のうち、炭素(C)は、その含有量が高くなると鋼材の強度は上がりますが、溶接部が硬化するので、ある程度の値に制限されています。一般構造用鋼材のJIS規格材であるSS490は、建築構造用に使用することが法的にも認められていますが、溶接して使用することが認められていないのは、この理由によるものです。シリコン(Si)とマンガンMn)は、炭素の量を抑えて、なおかつ、ある程度の強度と溶接性を確保するために添加する合金元素です。燐(P)と硫黄(S)は、鋼材の原料である鉄鉱石に含まれる不純物の代表的な元素であり、より少ない方が鋼材の性能が良くなります。そのため、製鋼作業ではこれらの元素をできるだけ除去することとなっていますが、実用的な範囲である程度残留することが認められています。
炭素当量(Ceq)と溶接割れ感受性組成(PCM)は、いずれも溶接部の力学性能に影響を与えるもので、前者は、鋼材に含まれる各種の化学成分の量から決まる値であり、溶接熱影響部の硬化の程度を推定する場合に使用します。
このように耐震性を重視する建築物に使用される建築構造用の鋼材には、降伏点、引張り強さの他にも様々な項目に関する品質が必要とされているわけです。
現在、建築構造物に使用することが法的に認められている鋼材についてそれぞれのJIS規格に規定されている機械的性質および化学成分等を表1ならびに表2に示します。これらの表の該当欄に
― がついている項目は、その項目の規定値が示されていないことを表しています。
表1、表2を見るとSS400材、SM490材は、上に述べた建築構造用の鋼材に要求されている項目を十分満たしていないことが明らかです。特にSS400材は、機械的性質では、降伏比、衝撃値の規定がなく、化学成分に至っては、PとSのみが規定されているに過ぎません。そして、それらの値も溶接を許されているSN400Bの値より大幅に大きく、溶接をして使用してはならないとされているSN400Aの値と同じです。SM材も機械的性質では、降伏比の規定がなく、衝撃値もSM490Bのみに規定があるに過ぎません。
これらの鋼材と対称的にSN材では、溶接して使用することが認められていないSN400A材を除いて総ての項目が規定されており、それらの化学成分におけるP、Sの規定値は、SS400材、SM490材より大幅に小さくなっている点に注目して下さい。
現在、建築物の構造材として使用できる鋼材は、建築基準法37条(建築材料の品質)で定められていて、SS材、SM材、SN材は、総て法的に使用が認められています。しかし、上述したようにJIS規格で保証されている品質は、鋼材によって大きな差があるわけですから、構造物の設計に当たっては、設計者が使用する鋼材の内容を十分理解しておくことが必要であると考えます。
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